transitionが生まれるまで
BOOGIE HOUSEの会報に、Jakeさんのことが書かれていた。
Jakeさんといってもジェイク・シマブクロさんではなくて、
2001年に発売された、まさやんのALBUM「transition」の
プロデューサーのことだ。
ALBUM「transition」の発売当時、まさやんはNY行きについて
曖昧に取材に答えていた。もともと知り合いがいて、休暇でNYに行って
いる間に、レコーディングすることになった・・・とまあ、そんなような受け答え
だったように思う。(今、当時の記事を読み返しているわけではないので、
間違っているかもしれませんが)
当時ラジオ番組をやっていて、NYにいたのは2000年の9月か10月~
2001年4月くらいまでだったかな。途中日本に帰ってファンクラブイベントを
こなしたりもしていましたね。
(ファンクラブイベント・・・
OKBH01名古屋が2001年の2月25日となっていました。ゲストが名古屋は
沼澤さんと森さん、という夢のような組み合わせで感激したのはもちろん、
まさやんが最後に語った言葉に泣きそうになったことは今でもハッキリ
覚えています。)
当時、シングルの発売も水面下で確定していた(注:公式には
発表されなかった)のに、発売が中止になったり、全然NYから帰って
こなかったりで、スランプ?などと噂されたりもしていました。
結局は、日本とNYを行き来して作ったAlbumが「transition」でした。
今までのまさやんのサウンドとは違った新たな「山崎まさよし」を聞かせて
くれた1枚です。
このAlbumをひっさげて行われたツアーTRANSIT TIME TOURが、半年で
89公演という、当時も今も考えられないほどのハードスケジュール。初めて
エレキを多用したことや、公演期間の長さもあって、即興演奏で新たなサウンドが
湧き出る泉のごとく次から次と生まれ、ツアーの前半と後半での変化の違いに
驚かされました。その後のツアーはいくつもあれど、今の「弾き語りもバンドも
エレキだって出来るよ」という山崎まさよしのLIVEの柔軟性を確立させた
ターニングポイントになったと思います。
話はJakeさんに戻ります。
10周年を記念して2005年に発売された「このまま」で、NY行きはもともと友人が
交通事故を起こし、駆けつけたのがきっかけだと、恐らく公式には初めて語って
います。あーそうなの、とALBUM発売から4年も過ぎていたこともあり、深くは
考えずに読みました。
そして、今回の会報で、さらに詳しい内容が書かれていました。
事故を起こしたのはJakeさんだということ、事故が起きる前からNYでレコーディング
することを彼に薦められていて、スケジュールを調整していたこと、彼が入院した
為自分達でスタジオを探そうとしたところ、彼が既に準備してくれていたこと、
作品を病床の彼に聞かせたこと、その彼が5月に天国へ旅立ったこと。
これで、疑問に思っていたパズルがつながったように思いました。
私が当時一番疑問に思っていたことは、プロデュースにクレジットされていた
Jakeさんとのレコーディング話が一切なかったということ。Jerryさんの話題は
時折出てきたにもかかわらず。異国の地で長い間レコーディング作業をして
いるのに、プロデューサーの話が全然出ないということに違和感がありました。
7年が過ぎた今、ようやく、その違和感の意味がわかりました。
Jakeさんがプレゼントしてくれたリッケンバッカー。
制作活動中のまさやんは、手にすることがあるのかな。
いろんなことが思い出されて、今はまだ無理かもしれませんね。
まさやんがこれからも、まさやんらしく音楽の道を進むことが、Jakeさんへの餞に
なることでしょう。
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Comments
そういういきさつもあったんですね。
教えてくださってありがとうございます。
アタシは何しろ、ファン歴が短くって知らないことが多すぎです。
でも、あの文章の中に込められた「大事な友人への感謝」の気持ちやら、深い悲しみやらが一挙に伝わってきて、なんだか
たまらない気持ちになりましたね。
またいつか、友人のプレゼントを弾いてライブを
してくれる日を願っています。
Posted by: 月ママ | 2008.06.09 at 02:02 PM
月ママさん
transitionはいろんな意味で転機になった作品だと思います。
コラム、友人を大切に思う気持ちが伝わってくる文章でしたね。
Jakeさんのことがあって落ち込んでしまいそうな時に、宮古島のイベントがあったので、あの大自然で気持ちよく歌ったことは、まさやんにとっても、いい癒しになったのではないかな。
Posted by: つさ | 2008.06.10 at 06:34 AM
あの時は・・・ラジオも日本とNYで時差があるにも関わらず生放送で頑張ってましたよね??でももうまさやん日本に帰ってこないんじゃないか??と思ってました。
ファンクラブイベントの時の発言は・・・今でも忘れられないです・・会場が「まさやんどうしたの??」って凄いざわざわしたのを覚えています。あれから7年も経ったんだ!早いなあ~。
TTTは長かったですよねえ!よくあんなに沢山の公演やったもんだ!と今なら思えますが、あの時は私も忙しかったので1回しかライブ見てないんですよね・・・なので比較が出来ないんですが、確かにアレンジとか挑戦的な感じがしました。
今頃は新しいアルバムに向けて制作中でしょうか??
またいろいろまさやんの新しい側面が見れるといいですよね♪
Posted by: にんじん | 2008.06.10 at 01:57 PM
にんじんさん
お久しぶりです。
生放送の時「も」あったね、というのが本当のところじゃないかな。
帰ってこないんじゃないか・・・とはさすがに思わなかったなぁー。番組のスタッフも行ってたし。
ファンクラブイベントの発言は、驚きでした。
名古屋の前が札幌で、札幌でも別の発言があって、この頃にふっきれたのかな?とファンの間でちょっとした話題になりましたね。
このイベントもそうですが、私の初TTTは沼澤さんと森さんが出演した「あの」赤坂BLITZの2夜目でした。
またそろそろ、まきげ以外でのセッションも見たいなぁ・・・なんてゼイタク?
新作も、待ち遠しいね。
Posted by: つさ | 2008.06.11 at 01:03 AM
ああーそうでしたっけ?もう8年前の事だから記憶が段々曖昧になってます。
・・・ですがNYは”生”じゃない時もあったけど”生”っぽくやってた・・・と後で聴いたような・・・生だとあの時の私は確か信じてた(笑)でもそれでもラジオを止めることなくよくやってたなあー!とは思いますね、今から見ると。
ファンクラブイベントの発言は・・・そうそう!名古屋と札幌だけで言ったんですよね。実際にはあの後の方がもっと鬱屈してたように思ったけどあの頃はほんとに大丈夫か??と思いましたよね。
>「あの」赤坂BLITZ
えーと・・・なにかありましたっけ??(汗)アノ頃は仕事に忙しかったのであんまりまさやんの事覚えてないんですよ・・・2001年から2003年くらいまでテレビやラジオの記憶とかもすっぽり抜けてます
>まきげ以外でのセッション
いやいや贅沢じゃないですよ!!私もそれはもう3年前から思ってます(笑)そろそろ馴れ合った人たちじゃなくて新しい人たちとの新しい化学反応を見たいですよね!!でも実際会ってもそうは言えないなあ(笑)新曲&アルバム&ツアーが待ち遠しいですね!!
Posted by: にんじん | 2008.06.12 at 12:36 AM
>にんじんさん
そうですね、基本的にALBUM出さない年は勝手に鬱屈してるイメージがありますが。。。実際のところどうなんでしょ?
「あの」赤坂BLITZですねー。あの後ワンマンはやってない会場だったんですが、取り壊されて、で今年またできたんでしたっけ?曖昧でスミマセン。
赤坂BLITZは2daysだったんですけど、1日目のアンコールは音が取れなくなって最後ボロボロだったらしく、その夜まさやんは相当飲んだらしいですよ。で次の日はうってかわって楽しく終われて笑顔のまさやんが見られてファンも一安心。みたいな感じでしょうか。詳しく書くと長くなるのでかなり略してますが。
ちなみに、1日目は山木さん、2日目は、bird、森さん、沼澤さんがゲストで参加しました。その前にGENTAさんが病気で関西のいくつかの公演を休みタカさんがピンチヒッターでやったので、GENTAさんの快気祝いってことかな?と話題になってましたよ。
(あぁぁータカさんの時も聞いてみたかった・・・)
Posted by: つさ | 2008.06.14 at 10:53 AM